書評

納得のいく買い物を常にしたい。

『#トリガー』楠本和矢 著(イースト・プレス)

みんな大好き行動経済学を、実用的なマーケティング手法に落とし込んだ本である。行動経済学の概念はやや単発的であり、体系立てられていない野放図を呈している。また、検討フレームワーク(※)になっていないという特徴もあり、実践的なマーケティングに活かすことは難しい、と著者は語る。そこを敢えて実用できる手法について、幾多の具体例を交えながら紹介を試みたのが本書である。

【フレームワーク】
汎用的に使える、分析や戦略策定、意思決定で使うための思考の枠組み

行動経済学は、個々の「なるほど」知識が寄せ集まった印象であり、体系立てらた学問分野ではないという著者の意見に同感した。

私はとくにマーケティング知識を必要に迫られているわけでもない。メルカリで不用品を売るということはあれど、ものを売るという商売を今はしていない。従い、マーケティング知識を商売に活かそうというモチベーションで本書を手に取った訳ではない。

逆に、行動経済学を利用したマーケティング戦略にカモとして搾取されないように、防波堤を築きたいとという動機から本書を手に取った次第だ。

新たな「敵」の紹介

ターゲットが脅威に感じる新たな「敵」を紹介し、存在を認識させた後、その敵から身を守る手段として、ある商品/サービスを紹介する方法。

これは本当に迷惑な話である。消費者にとっては聞かなきゃよかった、聞かせてくれるなという話である。なんとも思っていなかったのに、否応なしにに新たな脅威を認識させて、それに対するソリューションとしてものを売りつけるという手法だ。

保険商品についても、同じようなものだろう。ケガをしたら、ガンになったら仕事が出来なくなったら、、、と不安を煽って、それに対する解決策として保険を売りつける。それに近い。

本書の例ではブルーライトメガネを例に挙げていた。発売当初は大分話題になったが、今ではブルーライトが本当に目に対して悪影響を与えるのかどうか疑わしい。

この手法の根底にある行動経済学理論は「損失回避性」だ。これは分かっていても、意識から払拭出来ない。得をすることよりも、損をすること、リスクにさらされることについて、過大に反応してしまう傾向だ。この考えに常に囚われているということを念頭において、日々の決定は丁寧に行いたいものだ。

ひとまず保有させる

いったん無料で商品/サービスを保有させたり、一時的に利用権利を提供したりすることで、手放したくなくなる気持ちを換気する方法

ウォーターサーバーの例が挙げられていた。1ヶ月無料というサービスで「ひとまず」保有して使ってもらい、生活に溶け込んだと実感させる。使用した人はそれを奪われる事に抵抗を感じてしまい、そのまま契約してしまう。恐ろしい。

1ヶ月無料という点は、上記の損失回避性をも利用している。1ヶ月無料ならば利用しなければ「損」だと感じて、とりあえずのつもりで契約してしまう。

そして、根底のベース理論は「保有効果」だ。自分が保有しているものの価値を、通常以上に高く評価し、手放したくないと考えてしまう傾向のことだ。それほど必要性を感じていないものだが、タダならよいかと、一旦保有し、「自分のもの」になってしまうと、いざ
手放す場面において、急にそれに対する価値観を感じて、手放したくないと思ってしまう。これは人間関係にもいえることだと、著者はカッコ書きで添えている。

何かを握りしめている以上、新たなものをつかむことは出来ない。千田琢哉氏は、あなたが握りしめているものは「う○こ」かもしれないと言った。例えそれが「う○こ」で保有効果により手放せないと我々は思ってしまうのである。

タダであったとしても、たやすく握ってはいけない。

続けないと損

途中で利用をやめると、今までそれに費やしてきた時間やお金が無駄になってしまう仕掛けを施し、続けないと損と思わせる方法

本書の例ではスポティファイ等の音楽ストリーミングサービスが挙げられていた。ベースに有る理論は「サンクコスト効果」だ。すでに支払い済で戻ってこないコストに気を取られ、合理的な判断ができなくなり、さらに損失を拡大させてしまう傾向のことだ。

私はこれを読んで思ったのはEver noteだ。もう何年も使い続けており、蓄積されたメモはかなりの量になってしまった。これらのメモ情報は失いたくない。上記の保有効果も現れている。そうなると、今まで自分が蓄積されてきた情報を人質に取られているようなものだ。

そう思うとモヤモヤしてきた。主導権を握られているようだ。しかし、Ever noteは端末を問わず、メモを保存し、閲覧することが出来る。なんとも便利だ。検索もできる。単にファイルをクラウドストレージに保存するよりも使い勝手がよい。。やはり、解約は出来ない。利用料を払ってでも使い続けたい、という結論に至った。

行動経済学の理論は、それを理解し、認識していたとしても抗えない面もあるという点が恐ろしい。だが、その手口を知ることで、不要な買い物を回避することが出来るだろう。敢えてその手口を受容して購入せざるをえないケースも時にはあるが、より納得のいく買い物ができるようになるだろう。

以上、ケンゴンでした。
それではヒュッゲな一日を。